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青森~東京、海外~東京の“食のハブ”をめざしたい「Knock’s Kitchen」

knock's Kitchenを主宰する横山久美子先生はフードコーディネーターとして独特のキャリアパスを築いてきました。若い世代にとって今の時代は「どんな働き方が正解なのか分からない」大変な時代です。そんな中で“やりたいこと・出来ること”に全力投球しているうちに、気づいたら独特のポジションを築いていた…そんな表現がぴったりの横山先生。ピンときた仕事には臆することなく「これやりたい!がんばります!」と手を挙げて、真っすぐに向かっていく。そんな姿は周りのひとをどんどん味方にしてしまうようです。

2018年02月05日更新

横山 久美子(料理教室「Knock's Kitchen」主宰)

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いろんな世界を知りたい、いろんなものを知りたい、そして伝えたい!

ご自分を「旅する料理人」と表現する横山久美子先生。故郷・青森の食材を多国籍料理風にアレンジしたインターナショナルな家庭料理を教えています。テーブルを華やかに彩るためのプロの仕上げテクニックなどのノウハウも豊富。簡単・手軽なのにちょっと差のつくお料理を学べます。

「小さいスペース、限られた食材で美味しい料理を作ったり、最大限きれいに見えるようにするテクニックって、忙しい女性・働いている女性がいちばん知りたいことだったりしますよね。冷蔵庫にある最低限の材料や調味料でどこまでやれるかを伝えたい。私自身ずっと働いてきたからか、パパっと作れるお料理はすごく好評で、作り置きおかずのレッスンなども人気ですよ。」

横山先生は料理講師・フードコーディネーター・レシピ提供やメニュー監修といった、幅広い活動をしていますが、なかでも料理教室への思い入れは強いそうです。料理をしたことがない、料理が苦手だ、というひとに教えることはとても必要なことだと思います、と横山先生は言います。

取材に伺ったこの日、日本ではあまり馴染みのないクッキーですが、と言ってお茶うけに出してくださったのはジンジャースナップと呼ばれる手作りのクッキー。バターではなくオイルを使用するため、見た目よりも食感が軽く、ホロホロ、サクサクとした中にシナモンとジンジャーが香ります。素朴ながら少しエキゾティックな香りは海外のカフェでお茶をしている気分。

焼き菓子は先生のもっとも得意とする分野だそうです。ご専門はお菓子作りなのでしょうか?

「いろいろな料理をやってきましたが、しいて言うならアメリカ料理のベーカーというジャンルです。私の職業はよくパティシエと間違えられますが、ベーカー、もしくはペストリーシェフといいます。パイ・タルトなど日常の楽しみとなる焼菓子を作るプロです。パティシエールというのはフランス菓子職人で、ムースを仕込んで3重にも4重にも手の込んだものを作ります。ちょっと違うんです。」

美味しい!見つけた!が人生の転換点

横山先生がベーカーになろうと決めたきっかけは、カップケーキ。28歳の時にワーキングホリデー先のカナダで出会いました。地元の人気店の味に惚れ込んだ横山先生は飛び込み修行を申し出ます。

「食べた瞬間に『美味しい!』と思ったんです。これだと思いました。老若男女が毎日行列する店で、新鮮ないい素材へのこだわりがすごくて。ちょっとしたお金で食べられる日常的な楽しみや喜びみたいなところもすごくいいと思いました。20代前半はやりたいことが見えていなかったぶん、『見つけた!』と思った瞬間から後の食いつきはすごかったはずです(笑)」

若い女性が単身、飛び込みで現地のお店で修行と聞くと、勇気があるなぁと思いますが、まず気になるのはは言葉の壁。英語はどうしたのでしょうか?

「短大時代に留学を経験していて、日常会話に困らない程度は出来たはずなのですが、当時はもう忘れていました。もともとせっかくのワーキングホリデーだから何か仕事をしようと思っていたし、仕事ということになると日常会話よりもっと細かい指示などを聞き取れないといけないので、バンクーバーで1か月ほど現地の語学教室に通い、会話の勘を取り戻していったんです。」

青森~東京~カナダ。直線距離8000㎞の“自分探し”

カナダのカップケーキ専門店でみっちり1年間働いて29歳で帰国すると、さらなるキャリアアップのチャンスが待っていました。グランスタ東京の中にあるカップケーキ専門店に勤務するチャンスを得たのです。そこで日本流にアレンジされたカップケーキを3年間学びながらキッチンでのマネジメント経験を積みます。

「日本とカナダのカップケーキの違いは、まず大きさですね。日本のそのお店はとくに一口サイズへのこだわりがあり、飾りつけもキッチュで可愛いものでした。カナダのカップケーキは握りこぶしよりも大きいです。日本のカップケーキはクリーム・ケーキをそれぞれ別に味わっても、美味しいと感じるような繊細な味の作りこみ。カナダではクリームとケーキ部分を一緒にガブっと食べた時にちょうど美味しいと感じるように作られていました。」

次の職場に選んだのは著名な外国人フラワーアーティストが経営する表参道の有名カフェ。お洒落で感度が高く、パーティ・プロデュースも得意とするお店だったため、横山先生もカフェ内での製菓と同時にパーティ・ケータリングを経験しました。

「外国からのインターンをたくさん受け入れていた店なので、同僚とのコミュニケーションは英語でした。一緒に働く人もヨーロッパの一流シェフが呼ばれたりして勉強になりましたね。ブランディングがしっかりしたお店で働けて素晴らしい経験でした。」

しかし、パーティのケータリングやお店でどんなに美味しい料理を出しても、それを目の前で食べてもらうことが難しい。

「クライアントさんのパーティというのは失敗が許されない世界です。1回で100名~200名規模ですし、料理の一品一品に完成度がまず求められます。美しい状態に仕上げて、完全な状態で出す…ということを学びましたが、だんだんともっと日常に近い食の仕事をしたい、もっとたくさんの人に直接会って目の前で食べて喜んでもらいたい、と感じるようになりました。

料理教室なら生徒さんが試食をする場に一緒にいられる。そこが魅力だと思います。プロの世界で後輩を教えるのと違う点は、スキルを教えるというより、みんなで楽しみましょう、喜んでもらいたいという気持ちで接することができることですね。」

「やりたい!」と手を挙げて全力投球。でも思うようにならなかった20代

ワーキングホリデーで人生を変える仕事に出会い、一流の菓子店やカフェ勤務を経てフードコーディネーターや料理講師を始める…お料理好き女子の夢のキャリアパスですねと言うと、先生はそうでもないです、と笑います。

「キャリアアップ!みたいな、そういう気持ちは全然なかったですね。20代前半は迷走の時代でした。身体も壊したし。最初の仕事は1年で辞めましたし。」

新卒ではフレンチスタイルのフルーツタルトの有名店に就職しましたが、1年で体を壊してしまい、いったんふるさとの青森に戻ったといいます。慣れない仕事と住んだことのない配属地でのハードワークがたたったようです…。

「挫折を感じました。とにかくがんばり過ぎました。今思うと、よく採用されたなぁという感じで。周りはみんな製菓学校を出ていましたから、私にあったのはやる気と憧れだけです。配属される店舗はどこも立ち上がるとすぐに大繁盛となり、とてもハードでした。身体を壊して青森に戻った時はこのまま地元で暮らすんだなぁと思っていました。でも『何か作りたい』という気持ちは強かったので、老人ホームの調理場で働いたり。そこは青森の地産地消を目指して郷土料理を提供するホームだったので楽しく働いていましたね。」

その後、体調が戻りふたたび東京に来てからは、テレホンオペレーターの派遣社員をしながらダブルワークで夜は居酒屋さんの厨房で働いたといいます。

「何かの形で飲食に携わっていたかったんですよね。25-6歳ぐらいまではそんな感じで昼は派遣社員・夜は居酒屋でキッチン担当としてダブルワークし、ある程度お金が貯まるごとに海外旅行に行っていました。行く先々で地元の人と仲良くなって料理を習う、ということをしていました。」

その後ようやく、ワーキングホリデー先のカナダでカップケーキと運命の出会いを果たしたのです。

日本の玄関口・日暮里に引っ越したわけ

ご自身が海外旅行好きだった経験から、先生は海外からの観光客に日本食を教える仕事に取り組んでいきたいそうです。教室を青山から日暮里駅徒歩5分の立地に移転したのも、外国人観光客が日本にやってくる玄関口だから。

「今はプライベートな感じで小規模でやっているので、もっと大人数で回数ができるようにしたいですね。日本で外国人が学びたい料理は、難しいものではなく旅の途中で口にしたB級グルメなどが多いようです。たとえば牛丼だったり。そういうものだったらお伝えできるかなと思いました。ゆくゆく外国人のかたに日本文化も紹介したいと思っています。」

外国人の友人に料理を教えたときも、大好評だったそうです。


横山先生のモチベーションは昔から一貫して「食を通じて人に喜んでもらう」ことだとお見受けしました。その気持ちはどこからきているのでしょうか?

「故郷の青森と関係あるかも知れないですね…30を過ぎたあたりから、自分が出よう、出ようとしていたふるさとがすごくいい所なのではないかと思うようになったんです。あるドキュメンタリー番組で、おにぎりを握って人にふるまって、人を癒す、という青森在住の福祉活動家の女性を知ったのですが、あれ?これ…うちのおばあちゃんと同じだ、と思いました。」

「青い鳥」はふるさと青森に

「私のふるさとはリンゴで有名な地域なのですが、ほんとうに自然豊かで、梅干しなどは庭で採れたものですし、山からキノコやタケノコ、木の実など自生している食材を採ってきて食卓に載せることもごく普通でした。オーガニックなんて概念がいらないほど豊かな食生活を送っていたんですが、青森にいた当時は、当たり前すぎて価値が見出せませんでした。

もっと知らないところにはもっと美味しいものがあるんだろう、そう信じて東京に出て、世界を旅しました。世界中に美味しいものはありますが、かえって青森の良さ、食の豊かさ素晴らしさを感じるようになりました。青森~東京、海外~東京の“食のハブ”をめざしたい、今までの経験はそのためではないかと思うんです。」

自分の「芯」は青森にある、そう確信が出来てからは気持ちに余裕も生まれたと言います。

横山先生はご自分がとても出会いに恵まれるタイプだと言います。それは横山先生の持っている好奇心や愛情深さが、何か不思議な力で周りを引き寄せ巻き込んでいくからかも知れません。何千キロも遠くの街で自分の人生を切り拓く、なんて離れ業もやってのけるけど、どこで何をやるのも、とても自然体なのです。

「日本の方には世界の料理のハードルが低くなって親しんでもらえたら嬉しいですし、海外の方には料理を通して日本を知ってもらうお手伝いをしたいですね。」

これからも青森~東京~世界、食を通じてたくさんのひとを繋ぎ、もっともっと日本食のファンも増やしてくれそうです。

(ライター:小林晶子)

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