アート・デザイン

日本の伝統工芸技術・タガネ彫りで世界に羽ばたく。御徒町「タガネ工房」

ジュエリーの街・御徒町で“彫り・石留め”を専門とした彫金教室を主宰する川名昭行先生。タガネという小さな刃物を使った伝統技術・和彫(わぼり)は日本のジュエリー業界に欠かせない彫金技術ですが、これを教えてくれる教室はほとんどないそう。タガネ工房はこれを学べる数少ないお教室なのです。「日本はここ20年ずっと景気が低迷してジュエリーが売れず、職人さんが育たない環境です。自分が過去50年間培ってきたタガネによる和彫技術を伝えたくて教室を始めました。」小さなジュエリーに詰まった日本の伝統技術と世界に羽ばたく夢を追いました。

2018年01月25日更新

川名 昭行(彫金師・彫金教室タガネ工房主宰)

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世界的な宝石の街、御徒町でジュエリー制作を学ぶ

“彫り・石留め”を専門とした彫金教室「タガネ工房」があるのは、世界的な宝飾の街・御徒町。お教室のあるビルの周囲はジュエリーショップや宝飾業界の問屋・職人さんための道具店などが立ち並んでいます。

「タガネ工房」を主宰なさっている川奈昭行(かわな あきゆき)先生。川名先生は確かな彫金技術と優しい人柄でたくさんのお弟子さんから熱い支持を受けています。先生のもと、ジュエリー作りを学ぶ生徒さんは現在25名ほど。のべだと何人ぐらいの生徒さんを教えたんですか、とお伺いすると、1000人ぐらいいるんじゃないの、とのこと!

「最長だと10年通っている生徒さんがいます。3名もね。よく飽きないなぁと思うけど、工房代わりにしているところもありますねぇ(笑)。」

ホームページには生徒さんからのたくさんの声が。幾つかご紹介します。

オーストラリア、イギリスに住んでジュエリー制作の仕事をし2013年に帰国をしました。日本の和彫を習いたくこの教室を選びました。とても分かりやすくこまかい所まで教えていただきます。(40代 男性)

ここは現役彫金師の先生が、時間制限なしで教えて下さるのでほんとうにしっかりと学べます。また普段目にする事のないプロの仕事の工程を見せていただけることも多くそれも大変勉強になっています。(50代 女性)

なによりも良いところは通っていて「楽しい」教室という事です。先生の人柄は、温かい人柄で、体験したときに、ここに決めようと思う程でした。(30代 男性)

タガネを使った“彫り・石留め”技術を後世に伝えたい

「タガネ工房」という教室名の由来は、日本の彫金職人になくてはならない小さな刃物「タガネ」からです。このタガネを金属にあて、ハンマーで叩いて加工する技術がジュエリーの彫りや石留めに使われます。ハンマーは柄のところがえぐれていますよね。握り叩き続けているために、手の形になるのです。

10年前に「タガネ工房」を立ち上げたという川名先生に、その経緯をお伺いしました。

「私は50年間“彫り・石留め”の仕事をやってきました。“彫り・石留め”はジュエリー制作の最終工程に近い重要な技術ですが、最近の彫金学校ではこの技術を習得するための訓練はほとんどせず、外注するように指導してしまうんです。私もそろそろ引退の年齢になってきていますので、タガネを使った“彫り・石留め”技術を伝えておかなくては、という気持ちもあり学校を立ち上げました。」

この日も若い生徒さんがお教室で学んでいました。

この生徒さんが行っているのがタガネで銅板に彫りを入れる練習です。繊細だけれど力強い彫り模様は、和彫り独特の深い彫りによって生み出されるのだそうです。

ジュエリー作りの勉強は収入につながりやすい

ジュエリー制作という習い事は、他の趣味に比べて「副収入につながりやすい」という大きなメリットがあるそうです。

貴金属や宝石を使ったアクセサリーは高額な材料原価がかかりますので、作るのに元手となる資金が要ります。そのため、作った作品を手元にすべて在庫してしまうと次の制作費用が出ません。作品を少しづつ販売して次の制作に充てることが必要で、その際に自分のデザイン料・工賃を上乗せして販売すれば利益も生み出せるというわけです。

下のリングは、取材当日に教室にいらした生徒さんが作ったもの。自分の手でこんな美しいジュエリーを生み出せて、ちょっとした副収入も得られるなんて素敵ですよね。

彫金を学び、デザイン~制作~販売~プロデュースを自分で行うひとは「作家さん」と呼ばれ、問屋などから仕事を請け負うプロの宝石職人とは区別するそうです。先生のもとでジュエリー制作を学んでいる生徒さんには、自分のための趣味だけでなく、技術を覚えて作家活動したいひとも多いそうです。

「ジュエリー作家として自分で試行錯誤しながらやっていくのは今の時代にはあっている姿だと思います。エンドユーザーにはオシャレで個性的なものであればどんどん受け容れてもらえますから、インスタや展示販売会を通して知り合ったファンを増やして、リピーターにしていくようですね。イギリス人の旦那さんとネットショップ経営して、会社勤めしながらも本業並みに稼いでいる作家さんもいます。」

海外でプロの彫金職人を目指すのも一つのありかた

先生のようなプロのジュエリー職人になる人もいるのでしょうか?

「日本でプロの宝石職人の世界に入っていくのは、今の時代、厳しいですね。工賃の安いアジア諸国に仕事が流れているし、高額ジュエリーは国内ではなかなか売れない。いま日本で職人が請け負うジュエリーの仕事は、例えば、針穴のようなほんのわずかな傷でも返品されてしまうんです。マリッジリングの制作会社さんや問屋さんの求める仕事のクオリティと、それに対して支払われる対価のバランスが、今の時代では難しい気がします。

日本ではジュエリーが売れない。だからいい職人も技法を活かす場がない。ダイヤモンドの鑑定免許でGIAというのがありまして、ニューヨークに行って何百万というお金を使って分厚い教科書を勉強して鑑定を学ぶんですが、いま日本ではダイヤが売れない。だからダイヤの鑑定の仕事も来ないんです。一般の人は“何の石だか判らないけど、きれいだ”とか“デザインがいい”というような感性でお金を払うんです。だから職人より作家さんの時代だと思いますね。

プロの職人さんを目指すなら、むしろ海外のほうが日本の職人への評価が高いんです。うちでタガネ彫りを勉強してカナダのトロントでジュエリー制作会社に勤務しているひと、アメリカのポートランドで自宅を工房にして作家活動のかたわら、ホップから地ビールを作ってるひともいますよ。治安も人柄もいい街らしくて楽しいみたいだね。世界的な宝飾の中心地、ニューヨークに拠点を持とうという志の人もいるね。」

タガネを学ぶことは日本の伝統技術を体得すること

川名先生が職人として仕上げた、高価なブラックオパールのリングです(写真提供:タガネ工房)。台座にはダイヤモンドを複雑にセッティングしており、その高い技術は一目瞭然。先生が職人として引き受ける仕事は宝石の街・御徒町でも最高級の宝石の仕上げが多いそうです。一流の現役職人として活躍する川名先生ですが、彫金業界に入ったきっかけは自ら選んだわけではなく、生い立ちのためだった、といいます。

「父親が早くに亡くなり、母方の実家に生活の面倒を見てもらっていました、その家業が彫金職人だったんです。育ててもらった恩義からこの業界に入ったようなものです。私の母方のおじいさんも、おじさんも、いとこたちも、みんな職人です。親戚で集まると、やっぱり宝石の話題が出るよね。」

川名先生のご実家が受け継いでいる技術は、ジュエリー制作技術というより、和彫りと言われる伝統的な彫金技術そのものです。先生のおじいさんが彫った牡丹の彫刻がお教室に飾ってありました。銅板を裏から叩いて模様を浮き上がらせています。こんな技術を持っている人は、いまほとんどいないね、川名先生はおっしゃいます。

タガネ彫りはもともと、日本刀の鍔(つば)に彫刻をしたりするのに使われていました。おじいさんの時代はまだ一般の日本人がジュエリーを身に付ける習慣があまりなかったので、宮内庁に納める箪笥の鍵の部分にタガネ彫りを入れていたそうです。

こういった伝統技術が現在まで受け継がれ、日本のジュエリー業界を支えてきたのです。これを絶やしてはいけない、という気持ちがよく分かる気がします。

宝石職人の鉄則は「信用」である

世界に冠たるジュエリー街で長年仕事をしている先生に、上手な宝石の買い方を教えてください、と質問してみました。

「お店の人と仲良くなること。宝石屋さんが一番いい石を出してくるのは、信頼関係のある、いいお客さんにです。食べ物屋さんが築地に仕入れに行くのと同じです。親しくなると、いいものがあるよ、といい魚や野菜を出してくれるのと同じなんですよ。何度もきちんとした買い物をして、お金の使い方もきれいじゃないとそうはならない。そういうお得意さんになることですね。」

なるほど、初めて行ったお店で人よりお得に買い物をしよう、というのは宝石では難しいのですね…すると川名先生はこのジュエリー業界で一番大事にされているのは人間同士の信用・信頼関係です、と教えてくれました。

「ジュエリーの世界というのは、エメラルドやら、金やらを預かって加工するわけです。預かって加工して無事に納めて、そして工賃を頂く。その間に紛失などをすると、それで信用がなくなります。あそこに頼んだら、宝石を失くされた、それではもう次の仕事が来ない。噂が広がって、この業界では終わりです。

私は50年間ずっとこの業界でやってきましたけど、一度もそういったことはありません。家業ですので、もし何かあれば他の親族にも迷惑がかかります。人の信用というのは築くのは大変ですけど、最後の一段でコケると今までが台無しになったりします。」

どこの世界でも信用は大事ですが、とくにジュエリーは高額ですから、信頼されないと関われないのだそうです。「預かった部品を失くさない」何よりもこれが大事。まさにプロの指摘です。

一生かけて磨いた技術を持つ先生は定年がない

途中から生徒さんたちも会話に加わり、大幅に時間をオーバーして盛り上がってしまった今回の取材。楽しいお教室ですね、と言うと、つい最近も新年会をしたんだよ、と新年会のお写真を見せてくださいます。生徒さんに囲まれて笑顔の川名先生。とても楽しい飲み会だったようです。

「同じ教室に通っていても顔を合わせたことがない同士がいますから、なるべく顔合わせを出来るようにこういうイベントをするんですよ。気の合う人同士で情報交換をしたり、アドレス交換をして交流してもらえればと。私が教えることが100%ではありませんから、他の教室に通って学んだ違う技術・方法なんかもみんなで和気藹々とお互い教えあうといいね。」

自分の代で職人は終わり、そろそろ引退をするけど後継ぎはいない、とおっしゃる川名先生。でもたくさんの生徒さんに囲まれて技術を教えていらっしゃるのですから、後継ぎは育っているのではないでしょうか。

宝石職人の世界に入ったのは、最初は家業だったとしても、それだけでこの根気のいる仕事を一本気に続けて一流になることは到底できないように思います。ましてや、その技術を次世代に丁寧に教えよう、なんて普通のひとにはなかなか出来ないことです。

「そう考えると僕はこの仕事してきて、今幸せかもしれないね、毎日若い子に囲まれてるし!」

部屋にいた生徒さんは苦笑しますが、川名先生が人気者なのは彼女たちの表情からも明らか。そろそろ引退なんて言わずに、これからもずっと若い世代に技術を伝えていって頂きたいものです。

(写真と文:小林晶子)*ブラックオパールの写真除く

お教室情報

  • 教室名 : タガネ工房
  • 所在地 : 〒110-0016東京都台東区台東4-31-7ラミアール御徒町1002
  • 代表者名 : 川名 昭行
  • 電話番号 : 03-3837-7861
  • 平日開講時間 : 9:00~20:00
  • 土日祝開講時間 : 9:00~18:00
  • 休日 : 年中無休
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